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大阪地方裁判所 昭和39年(ワ)4967号 判決 1967年7月15日

原告 増田熙正

右訴訟代理人弁護士 段林作太郎

被告 阪神上水道企業庁こと 阪神水道組合

右代表者管理者 永井重雄

右訴訟代理人弁護士 西川金矢

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、申立

一  原告

「被告は原告に対し一二九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和三九年一〇月二一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行宣言。

二  被告

主文同旨の判決。

第二、主張

(原告)

一、請求原因

(一) 豊中市利倉東町九五番地田一〇五一・二三平方メートル(別紙図面表示ABCDの各部分。以下「本件土地」という。)は原告の所有である。

(二) 被告は、真柄建設株式会社(以下「真柄建設」という。)に請負わせ、本件土地の西側に隣接する府道大阪池田線道路改良工事事業用地内において上水道管埋設工事を施行したが、真柄建設は昭和三九年六月上旬別紙図面表示チニ線(以下付号のみをもって表示する地点等は別紙図面表示のそれを指す。)の西方において、本件土地に近接して深さ約三間、直径約四間の円形の穴を掘ったまま工事を中止し、本件土地の崩落を妨止するなんらの措置を講じないでこれを放置した。

そのために、本件土地に稲植付のため引いていた灌漑用水及び雨水が畦畔越しに穴に流れこんで溜池状を呈し、本件土地は、東西一間、南北三間(面積約九・九一平方メートル)にわたって崩壊陥落した。そのうえ崩壊箇所の表面には水が張り、発見困難な状況にあったため、原告は右畦畔を通った際、足を踏みはずし、崩壊箇所に胸付近まで落ちこみ、衣服は泥水で汚れて裂け、足に擦過傷を受けた。又、原告の耕耘機が崩壊箇所に深く入りこみ、故障を起した。

(三) 真柄建設は前記穴にたまる水を排水するため、同所に揚水ポンプを据付けて穴の水を常時汲みあげ、これを本件土地の北方を東西に流れている用水路に放流していたが、ポンプから用水路までのホースを原告に無断で本件土地のうちCD部分上に置き、同所の稲を踏荒し折損した。

又、原告は同年夏から同年九月中頃まで本件土地に灌漑用水を引くために、右用水路にせき止め用の板を設置していたが、真柄建設は原告がこれを設置する度に無断で引上げ、引水を妨害した。さらに原告は本件土地に引いた灌漑用水が前記穴に滲透漏れするのを防ぐため盛土をしていたが、真柄建設がいたずらに穴の水を汲みあげたため、本件土地のうちCD部分は乾燥し亀裂を生じた。

そのために、CD部分の平年収穫量は米四石のところ、同年の収穫は二石に半減した。

(四) 真柄建設は同年八月一二日頃本件土地のうちC部分(イロハニイ点を結んだ部分)を巾三尺、長さ約三〇間にわたって掘り起し、掘土を東側隣接地D部分上に巾三尺、長さ約三〇間にわたって置いた。

そのために、C部分及びD部分中掘土を置いた部分(巾合計一間、長さ約三〇間、面積約九九・一七平方メートル)の同年の稲の収穫(平年作米四斗)は皆無となった。

(五) 真柄建設は同年八月一三日以降上水道管埋設工事のため本件土地のうちB部分(ホヘトチホ点を結ぶ部分)を原告に無断で巾二間半、深さ三間、長さ約四〇間(面積約三三〇・五七平方メートル)にわたって掘起し、掘土を本件土地のうちA部分上に置き、穂が出揃わんとしていた稲をほとんど全部埋め、AB部分六九八・二四平方メートル(二一一坪二合二勺)上の同年の稲の収穫(平年作米二石八斗)を皆無ならしめた。

(六) 原告は以上のような真柄建設の違法な工事により次の損害を被った。

1、本件土地の崩壊による損害

イ 衣服の汚染・足の擦過傷による損害       五〇〇〇円

ロ 耕耘機の引上費・修繕費            五〇〇〇円

2、稲の減収による損害(米の公定価格によって算定)

イ 前記(三)によるもの米二石分       三万六〇〇〇円

ロ 前記(四)によるもの米四斗分         七〇〇〇円

ハ 前記(五)によるもの米二石八斗分     四万二〇〇〇円

3、本件土地のうちB部分の不法使用による損害 一二〇万円

(B部分の時価を三・三〇平方メートル当り六万円として、その二割である一万二〇〇〇円の三三〇・五七平方メートル分)

合計 一二九万五〇〇〇円

(七) 真柄建設は、被告の指図にもとづいて前記工事を施行したのであるから、被告は真柄建設が右工事につき原告に加えた損害を賠償する義務がある。

よって、原告は被告に対し前示損害合計一二九万五〇〇〇円及びこれに対する不法行為の後で、訴状送達の翌日である昭和三九年一〇月二一日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告)

二 請求原因に対する認否及び主張

(一)  請求原因(一)の事実のうち、原告がもと本件土地(全部)を所有していたことは認める。

しかしながら、大阪府は昭和三九年三月三日本件土地のうちAB部分六九八・二四平方メートル(二一一坪二合二勺。以下「本件収用地」という。)を大阪府道大阪池田線道路改良工事事業用地として大阪府収用委員会に収用の裁決を申請し、同委員会は同年五月二七日審理手続を終結したうえ、同年七月二四日本件収用地を収用の時期同年八月一日として収用する旨の裁決をした。したがって、大阪府は同日本件収用地の所有権を取得し、原告はこれを失った。原告は裁決について審査請求をしたから裁決の効力は生じていないと主張するが、審査請求は処分の効力、処分の執行、手続の続行を妨げない(行政不服審査法三四条一項)し、収用の裁決について執行停止もされていない。したがって、審査請求は大阪府が本件収用地の所有権を取得するなんらの妨げとなるものではない。

(二)  同(二)の事実のうち、被告が真柄建設に請負わせて原告主張の場所に上水道管埋設工事を施行したこと、原告主張の頃その主張の場所付近で工事を中止し、穴を堀ったままにしてあったことは認めるが、その余は否認する。穴の縁辺と本件土地(の畦)との距離は約三メートルあった。しかも穴の巾は本件土地に面するところで三・三メートルであり、穴の両側には土留鋼矢板が打ってあり、穴の深さは本件土地寄りの先端部分から西方二メートルまでは一・二メートル(そのさらに西方は三・八メートル)にすぎなかったのであって、穴の掘削は本件土地になんら影響を及ぼしていない。

(三)  同(三)の事実のうち真柄建設が穴にたまった水をポンプで汲みあげたことは認めるが、その余は否認する。

(四)  同(四)の事実は否認する。真柄建設は本件収用地のうちB部分に上水道管を埋設する工事を施行したが、その際本件土地のうち収用地を除く部分(以下「本件残地」という。)の灌漑用水が流出するのを防ぐため、本件収用地と残地との境界(ハニ線)から三〇センチメートル本件収用地に入った位置に土盛りをしたうえ、右境界から一・九メートル本件収用地に入った位置に土留鋼矢板を打ちこんでB部分に穴を掘り上水道管を埋設した。したがって、上水道管埋設工事は本件残地上の稲になんら損害を及ぼしていない。

(五)  同(五)の事実のうち、真柄建設がB部分に上水道管埋設工事を施行し、掘土をA部分上に置いたことは認める。

しかしながら、大阪府は前記のとおり収用の裁決により昭和三九年八月一日本件収用地の所有権を取得したものであるところ、本件収用地上に当時生育していた稲は開花前の未成熟のもので独立した存在価値のないものであり、地盤たる本件収用地と一体をなしたものであったから、大阪府は収用の裁決により収用地とともに地上の稲の所有権を取得したものというべきである。したがって、本件収用地における工事の施行は原告に対しなんら損害を与えていない。

かりに、原告が収用の裁決により本件収用地上の稲の所有権を失っておらず、したがって被告が真柄建設に本件収用地内で施行せしめた工事によって原告所有の稲に損害を加えたとしても、これは大阪府の本件収用地の所有権を防衛するためやむをえずになした正当防衛である。すなわち、原告は前記のとおり収用の裁決により昭和三九年八月一日本件収用地の所有権を失ったのであるから、原告には同日以降本件収用地を耕作する権原はなく、したがって本件収用地上の稲を撤去して本件収用地を大阪府に引渡すべき義務があるにもかかわらずこれを履行せず、不法に本件収用地の使用を続けていた。他方、大阪府は東京オリンピック大会初日の同年一〇月一〇日以前に府道大阪池田線の改良工事を完了しなければならなかったのであるが、そのためには同年八月中旬には同工事に着手する必要があった。したがって、大阪府において訴訟を提起して原告に対し本件収用地上の稲を撤去させ土地の引渡を求める時間的余裕はなかった。そこで、大阪府は同年八月上旬かねて大阪府に上水道管埋設工事のため本件収用地の占用許可を申請していた被告に対しこれを許可し、同月一一日以後大阪府が道路舗装工事に着手する以前に可及的速かに本件収用地における上水道管埋設工事を完了するように指示してきた。被告は右指示にもとづき真柄建設をして同月一二日本件収用地において上水道管埋設工事に着手させ、同工事の必要上稲を撤去せしめたのであって、これは原告の本件収用地に対する違法な侵害に対し大阪府の土地所有権を防衛するためやむをえずなした正当防衛である。したがって、被告には右工事により原告に加えた損害を賠償するべき責任はない。

(六)  同(六)の事実は否認する。

(原告)

三、被告の主張に対する認否及び反論

(一)  大阪府が被告主張のとおり本件収用地について大阪府収用委員会に収用の裁決を申請し、同委員会が被告主張のとおり本件収用地を収用する旨の裁決をしたことは認める。

しかし、府道大阪池田線の改良工事の土地収用については昭和三三年六月一〇日付で豊中都市計画街路大阪南池田線街路決定として事業認定の告示がなされているのに、起業者大阪府は右告示のあった日から三年を経過した後に土地細目の公告を申請し、大阪府知事は昭和三九年一月二〇日同公告をするとともにこれを原告に通知した。したがって同土地細目の公告は事業認定の失効後になされたものであって当然無効である。のみならず、府道大阪池田線改良工事のための土地収用は都市計画法にもとづいて行うべきであるのに、起業者大阪府は土地収用法によって収用したばかりでなく、府道大阪池田線の巾員は前記事業決定において三三メートルと決定されているのに、これを一方的に四六・五〇メートルに拡幅して土地細目の公告をしたのは違法であり、同公告は当然無効である。このような無効の土地細目の公告を前提としてなされた収用の裁決の申請及び収用の裁決は当然無効である。

かりにそうでないとしても、原告は昭和三九年七月三〇日収用の裁決について建設大臣に審査請求をしたから裁決は未確定であり、その効力は生じていない(裁決について行政不服審査法による執行停止はなされていないが、裁決に前記のような瑕疵がある場合には、同法三四条一項の適用はないと解すべきである。)。

かりにそうでないとしても、大阪府は昭和三九年九月九日裁決にもとづき原告に代位して本件土地から本件収用地を分筆したうえ、収用による所有権移転登記をしたが、前記のとおり裁決は未確定であるから、右代位登記は民法四二三条二項により無効である。したがって、大阪府は本件収用地の所有権を取得していない。

かりにそうでないとしても、原告は少くとも大阪府において右登記を経由した日までは本件収用地の所有権を有していたものというべきである。

(二)  大阪府が収用の裁決により本件収用地上の立稲の所有権を取得したこと、原告が裁決により本件収用地の耕作権原を失ったこと、被告が大阪府より本件収用地の占用許可をうけたこと、被告施行の本件収用地における工事が正当防衛であることはいずれも否認する。

立稲は地盤たる土地とは別個に取引され、土地とは別個に独立して所有権の客体となりうるものであるから、地盤たる土地についての収用の効果が当然に地上の立稲に及ぶことはない。そして、原告は収用の時期以後において土地収用法一〇一条二項但書により本件収用地を耕作する権原を失っていない。

かりに被告が本件収用地で施行した工事が正当防衛であるとしても、被告は民法七二〇条一項但書により同工事による損害賠償の義務を免れるものではない。

第三証拠関係≪省略≫

理由

一  請求原因(一)、(二)について

原告がもと本件土地(全部)を所有していたこと、被告が真柄建設に請負わせて本件土地の西側隣接地において上水道管埋設工事を施行したこと、真柄建設が昭和三九年六月上旬原告主張の場所付近で穴を掘ったまま工事を中止したことは当事者間に争がない。

原告は真柄建設が穴を掘ったまま放置したために本件土地が崩壊陥落した旨主張し、≪証拠省略≫中には「穴から本件土地のC部分にかけて崩れてきて、西側隣接地との境界の畦から本件土地のC部分に約六尺入った位置まで崩壊した。」との部分がある。

そこで上水道管埋設工事の状況について考えてみるに、≪証拠省略≫によると次のとおり認められる。

真柄建設は、昭和三九年四月一三日本件土地の南及び西の両方面から大阪府道大阪池田線の道路面下に、上水道管を埋設する工事を始めたが、埋設予定地の本件収用地が当時まだ収用されていなかったので、南方から進めてきた工事を同年五月二〇日、西方から進めてきた工事を同年六月二日頃本件土地の手前で中止した。真柄建設は本件土地の西方からリ点まで穴を掘削して上水道管を敷設し、その上に土を埋戻したが、穴の先端(本件土地寄りの)部分には上水道管を敷設しないままにしてあった。穴の両側には土留の鋼矢板が打ってあり、鋼矢板の上端は地面から二―三〇センチメートル出ていた。穴の巾(鋼矢板と鋼矢板との間)は三・三〇メートル、深さは穴の先端(本件土地寄り)から西方二メートルまで一・二〇メートルであり、同所から西方はさらに二・六〇メートル掘り下げてあった。穴から本件土地(の畦、イチ線)までの最短距離は一・四〇メートルであった。工事中止後、穴には水が溜っていた。

以上のとおり認められる。≪証拠判断省略≫

右認定の事実によれば、穴と本件土地のうちC部分との間には土留の鋼矢板が打込まれていたことが認められるのであって、この事実に照らすと≪証拠省略≫(特に「穴からC部分にかけて崩れた」旨の部分)はにわかに信用できない。他に掘削した穴を放置したために本件土地が崩壊したことを認めるに足りる証拠はない。

二  請求原因(三)について

真柄建設が前記穴に溜った水をポンプで汲みあげたことは当事者間に争がない。

≪証拠省略≫によると、真柄建設は中止していた工事を昭和三九年八月一二日再開したこと、その際穴に溜っていた水を排水するため、穴の側にポンプを据付けて水を汲みあげ、これを本件土地の北方を西から東へ流れている灌漑用水路にホースで放流したことが認められる。

原告は、真柄建設はホースを本件土地のCD部分上に置いて同所の稲を踏み荒した旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそう部分がある。

しかし、≪証拠省略≫によると、穴から用水路に至るまでの本件土地の西側隣接地は府道大阪池田線道路改良工事事業用地として当時すでに大阪府に買収されていたので、真柄建設はポンプから用水路までのホースを置く際、本件土地を避けて穴から真北方向に本件土地の西側隣接地上に置いた(その方が本件土地上にホースを置くよりも距離的にも短い。)ことが認められる≪証拠判断省略≫。他に真柄建設がCD部分上にホースを置いて稲を踏み荒したことを認めるに足りる証拠はない。

つぎに、原告は真柄建設は本件土地の灌漑用水が穴に流入するのを妨ぐため、原告が用水路に設けていたせき止め用の板を引上げ引水を妨害した旨主張し、≪証拠省略≫中には右主張にそう部分がある。

しかし、≪証拠省略≫によると、真柄建設が穴の排水をするため据付けていたポンプは強力であり、本件土地から穴に流れこむ程度の水は十分排水しうる能力があったこと、したがって原告が用水路から本件土地に灌漑用水を引くことは真柄建設の工事になんら支障を及ぼすものではなかったことが認められるのであって、右事実に照らすと、真柄建設が穴に灌漑用水が流入するのを防ぐため引水を妨害した旨の≪証拠省略≫部分は信用し難い。他に原告の前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

又原告は真柄建設が揚水したために本件土地が乾燥し亀裂を生じた旨主張するけれども、右事実を認めるに足りる的確な証拠はない。

三  請求原因(四)について

原告は真柄建設が本件土地のうちC部分を掘削し、掘土をD部分上に置いた旨主張するので考えてみるに、≪証拠省略≫によると次のとおり認められる。

大阪府はかねて大阪府収用委員会に本件収用地を府道大阪池田線道路改良工事事業用地として収用の裁決を申請していたところ、同委員会は昭和三九年七月二四日本件収用地を収用の時期同年八月一日として収用する旨の裁決をした(以上の事実は当事者間に争がない。)。そこで真柄建設は前記のとおり本件土地の手前で中止していた上水道管埋設工事を同年八月一二日再開し、収用地地下に上水道管を埋設する工事を行い、同年九月二〇日頃同工事を完了した。真柄建設は埋設工事に先立ち、収用地と残地との境界(ニハ線)にポールを立てて境界を明らかにしたうえ、残地の灌漑用水が工事の施行により流出するのを妨ぐため、境界から三〇センチメートル収用地に入った位置に土俵を並べ、土俵の上に土を置いて畦を作った。ついで境界から一・九〇メートル収用地に入った位置とさらにそこから三・三〇メートル西方の位置とに鋼矢板を打ち、鋼矢板の間を掘削した。掘土は南側のA部分上に置いた。したがって真柄建設は上水道管埋設工事の際、残地部分を掘削したり、同部分に掘土を置いたことはない。

以上のとおり認められるのであって、≪証拠省略≫中前記認定に反する部分は信用できない。他に原告の前記主張事実を認めるに足りる証拠はない。

四  請求原因(五)について

真柄建設が昭和三九年八月一三日以降本件収用地のうちB部分を掘削して上水道管を埋設する工事を施行し、掘土をA部分上に置いたことは当事者間に争がない。

被告は、大阪府は収用の裁決により昭和三九年八月一日本件収用地及び地上の稲の所有権を取得したと主張するので考えてみるに、大阪府が大阪府収用委員会に本件収用地を府道大阪池田線道路改良工事事業用地として収用の裁決を申請し、同委員会が同年七月二四日収用の時期同年八月一日とする収用の裁決をしたことは当事者間に争がない。

原告は本件収用地の収用について昭和三三年六月一〇日告示の「豊中都市計画街路大阪南池田線街路決定」として事業の認定がなされたところ、大阪府は同事業認定の失効後に土地細目の公告を申請したと主張するので検討する。

≪証拠省略≫によれば、原告主張の同街路決定は、いわば抽象的な、単なる都市計画決定に過ぎず、具体的な、都市計画法上の「都市計画事業の認可」(同法三条等)又は土地収用法上の「事業の認定」(同法一六条等)ではないこと、大阪府は、前記豊中都市計画たる街路決定とはかかわりなく全く別個に、府道大阪池田線を豊中市上津島町六九番地の一地先から同市螢池西町四丁目六五番地先までの間延長四・五七キロメートル(本件収用地を含む。)にわたって整備拡充するため、昭和三八年一一月二一日同区間につき「府道大阪池田線道路改良工事(事業)」として、土地収用法にもとづく事業の認定をうけたこと、大阪府は事業認定の告示後三年以内に土地細目の公告を申請し、昭和三九年一月二〇日土地細目の公告があったことが認められる。右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、大阪府は事業認定の失効前に土地細目の公告を申請したことが明らかである。原告の前記主張は採用できない。

次に原告は本件収用地は都市計画法にもとづいて収用すべきであり、土地収用法により収用するのは違法であると主張するが、前記のとおり豊中都市計画街路決定と府道大阪池田線道路改良工事とはかかわりのない別個のものであって、大阪府が後者の事業を行うために土地収用法にもとづいて事業の認定をうけ、起業地に含まれる本件収用地について同法にもとづいて収用の手続をしたことはなんら違法ではないというべきである。

原告は、土地細目の公告において府道大阪池田線の道路巾員を豊中都市計画街路大阪南池田線街路決定においてきめられた巾員より拡張したのは違法であると主張する。≪証拠省略≫によると、昭和三三年六月一〇日付右街路決定(都市計画)により豊中都市計画街路大阪南池田線の豊中吹田線以北(本件土地先を含む。)は巾員三三メートルとされたこと、昭和三九年一月二〇日付土地細目の公告において同府道の巾員は本件土地先で四六・五〇メートルとされたことが認められるけれども、前記のとおり本件収用地の収用は、右都市計画とはかかわりのない別個の事業である府道大阪池田線道路工事のためになされ、従って、同事業において前記巾員三三メートルとはかかわりなく、その独自の目的・必要に応じて道路の巾員を四六・五〇メートルと定めたものというべく、同事業自体において巾員を拡張・変更したものではない。両者の間に差異があるからといって直ちにこれを違法であるということはできない。

本件収用地の収用の裁決に原告主張のような瑕疵を認めることはできない。

次に原告は、収用の裁決について審査請求をしたから裁決は未確定であり、その効力は生じていないと主張する。

≪証拠省略≫によると、原告は昭和三九年七月三一日収用の裁決について建設大臣に審査請求をしたことが認められるが(形式的確定の遮断)、行政処分たる収用の裁決は、執行停止がなされないかぎり、その成立により形式的確定をまたずにその内容的効力(拘束力、すなわちいわゆる公定力)を生ずるし、審査請求は処分の効力、処分の執行又は手続の続行を妨げない(行政不服審査法三四条一項)ところ、裁決について執行停止がなされていないことは原告の自認するところである。してみれば審査請求をしたから裁決の効力は生じていない旨の原告の前記主張の失当であることはいうまでもない。(原告は執行停止がなされていなくても裁決の効力は審査請求により停止されると主張するが、独自の見解に過ぎず、そのように解すべき根拠は全くない。)。

そうすると、大阪府は収用の裁決により収用の時期である昭和三九年八月一日本件収用地の所有権を原始的に取得し、原告の所有権は消滅(絶対的消滅)したものというべきである(土地収用法一〇一条一項)。

原告は、大阪府が本件収用地についてした収用による所有権移転登記は無効であるから原告は依然として本件収用地の所有権を有しており、かりにそうでないとしても、少くとも移転登記をした昭和三九年九月九日までは原告が本件収用地の所有権を有する旨主張する。しかしながら、収用の裁決による土地所有権の得喪は裁決の効力として収用の時期に、収用による所有権移転登記をまたずに生ずるものである(土地収用法一〇一条一項)。原告の右主張は独自の見解に過ぎず、とうてい採用することができない。

≪証拠省略≫によると、原告は前記土地細目の公告の日以後の昭和三九年六月二八日(弁論の全趣旨によると、大阪府収用委員会は同年五月二七日審理手続を終結したことが認められる。)本件土地に稲を植付けたこと、稲は収用の時期である同年八月一日当時三〇センチメートル程度の高さに生育していたが、出穂前でありまだ成熟期(収穫期)に達していなかったことが認められ、これを動かすに足りる証拠はない。

このような成熟前の立稲は、民法二四二条但書にいう(当該所有者以外の)権原ある者が植付をしたものである場合を除き、播種ないし植付されると同時に地盤たる土地所有権の対象である土地の構成部分と化し、土地所有権に服するものであって、成育してそれが独立性を有するに至り当該土地所有者等が何らかの方法によって外形上これに独立性を与えない限り、土地と別個独立に所有権の客体となり得るものではない。

したがって、土地の収用がなされると地上に生育する成熟前の稲は土地の構成部分として土地所有権の変動(起業者への所有権の原始的帰属)とその運命をともにし、土地に対する収用の効果は当然に土地の構成部分としての地上の未成熟の立稲に及ぶと解すべきである。

してみれば、大阪府は本件収用地の収用の裁決により収用の時期である昭和三九年八月一日地上の立稲を構成部分とする本件収用地の土地所有権を取得し、原告のそれは消滅したものというべきである。

原告は、稲立毛は地盤たる土地とは別個に取引され、土地と独立して所有権の客体となるものであって、本件収用地の収用の効果は地上の立稲に及ぶものではないと主張する。たしかに、取引の実際においては稲立毛等の未分離果実は、未分離のままいわゆる明認方法という慣行上の公示方法を施すことによって、独立の物として物権取引の客体とされ得るけれども、未分離果実は成熟して収穫期に近づいた場合に、当事者の外形的行為に現われた意思によって始めて独立の物となるのであって、成熟前の立稲等の未分離果実は、そのままでは、地盤たる土地の構成部分に過ぎず、当然には、独立の物として物権取引の客体となるものでないと解すべきである。なお、原告がなんらかの方法により収用の時期以前に前記立稲に外形上独立性を与えたことを認めるに足りる証拠はない。

原告の前記主張は採用しない。

以上によれば、真柄建設が収用の時期の後に本件収用地のうちB部分を掘削し、掘土をA部分上に置いたことは、原告の土地や立稲の所有権を侵害したことにならないことは明らかである。

五  以上の次第で原告の主張する不法行為はいずれも認めることができないから、原告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当として棄却するべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山内敏彦 裁判官 高升五十雄 裁判官平田孝は転任につき署名押印できない。裁判長裁判官 山内敏彦)

<以下省略>

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